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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)2791号 判決

原告

原田中道

右訴訟代理人弁護士

小川正

被告

株式会社アイ・ビイ・アイ

右代表者代表取締役

シー・テイト・ラトクリフ

右訴訟代理人弁護士

田中齋治

主文

一  被告は原告に対し、金四五六万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金七六六万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  被告は、金融、経済に関する情報サービス及びコンサルティング業務、金融、経済に関する出版業務及び出版代理業務などを目的とする会社である。

株式会社インターブランド・ジャパンは、ジョン・エム・マーフィー、ディビィッド・アール・ウッド及び被告の関連会社である株式会社コープランの合弁契約に基づく出資により昭和五八年一〇月六日設立され、商品名、商標及び図形商標の考案及び企画、商品に関する広告表現の企画及び制作なども目的としている会社である。

2  原告は、昭和五二年七月から被告に雇用されていたが、インターブランド・ジャパン設立時、同社に出向した。

3  原告と被告との間の雇用契約は、昭和六二年三月三一日をもって終了した。

4  被告は、就業規則において、社員の退職金は、別に定める退職金規定により支給する旨定め、退職金規定には、社員が退職する場合は、退職時の基本給と職務手当の合計額に支給基準率を乗じた金額を退職金として支給し、支給基準率は、「やむを得ない業務上の都合によって雇用契約が解除された」場合は、勤続年数が九年未満のときは八、同一〇年未満のときは九、「自己都合」による退職の場合は、勤続年数が九年未満のときは四・七、同一〇年未満のときは五・四とする旨定められている。

原告の勤続年数は九年八月、計算対象給与額は八八万四〇〇〇円である。

二  争点

1  被告との雇用関係終了による原告の退職金の支払い義務者は被告なのか、インターブランド・ジャパンなのか。

被告は、原告がインターブランド・ジャパンに出向する際、インターブランド・ジャパンを退職するときに初めて同社と被告との通算勤務年数に応じてインターブランド・ジャパンから退職金の支給を受けるものであることを原告、被告間で合意したと主張する。

2  原告、被告間の雇用契約はやむを得ない業務上の都合によって解除されたのか、原告が自己都合により退職したのか。

第三争点に対する判断

一  争点1について

被告代表者の尋問の結果中には、被告は、原告のインターブランド・ジャパンへの出向の際、インターブランド・ジャパン設立に関するマーフィー、ウッド、コープランの作成した合弁契約書(「コープラン、その子会社・関連会社から新会社に出向した従業員に支払われる退職金は、同人の元の会社及び新会社における全勤務期間を考慮のうえ、新会社の退職金規定に従って計算される。この場合、コープラン、その子会社・関連会社と新会社は、退職する従業員が各会社に勤務した期間に比例して上記退職金の支払いにつき負担する。」との規定がある。)を示し、原告は、インターブランド・ジャパンへの勤務年数と被告への勤務年数に応じて、被告及びインターブランド・ジャパンからそれぞれ分担した退職金の支給を受けるものであることを原告に説明し、原告、被告間でその旨合意したとの部分がある。しかしながら、右合弁契約書の規定は、インターブランド・ジャパンに出向した者の退職金の計算方法、その最終的な負担者及びその割合を定めたものに過ぎず、退職した者に対する退職金の支給義務者を定めたものではないことが認められるうえ、原告本人尋問の結果、被告代表者尋問の結果中の被告代表者自身原告が被告に請求してくるかもしれないとの認識もあったとの部分に対比すると、被告代表者尋問の結果中前記原告と被告との合意に関する部分は採用することができない。

したがって、原告は、被告の退職金規定に基づき、被告に対し退職金を請求することができる。

二  争点2について

1  (証拠略)

原告は、インターブランド・ジャパンにおいて、やはり被告から出向したテレンス・オリバーとともに業務に従事していた。インターブランド・ジャパンにはその他女子従業員が一名いた。

被告においては、昭和五九年一一月以降代表取締役副社長であった鶴野史朗ら取締役四名及び従業員の約二〇名が辞めていき、同年一二月、鶴野らによって被告と競合する会社が設立されて営業活動が始められ、被告の顧客も奪われたりした。そこで、被告は、原告に被告への復帰を促すようになり、原告は、昭和六一年七月ころから営業推進役として被告の営業活動をしたことがあったが、約六週間従事したにとどまり、被告は、その後も昭和六一年一一月ころまで原告に対し製作部門担当として戻るよう誘い続けていたが、原告は、インターブランド・ジャパンの業績が回復するまでは戻る意思がない旨の意向を示し、昭和六二年三月三一日にいたるまで被告に復帰する旨の意思を表明しなかった。

インターブランド・ジャパンへの出資者であるマーフィー、ウッドは、いずれも日本国に居住していなかったので、被告が、実際上インターブランド・ジャパンの経営に携わっていたが、経営状況が良好ではなかったことから、被告は、その経営権を他に譲渡することにして、同年一一月、英国のインターブランドグループのマーフィー、マイク・バーキンが来日して交渉した結果、昭和六二年三月三一日をもって被告もしくはコープランの保有するインターブランド・ジャパンの株式をインターブランドグループに譲渡し、同日以降被告はインターブランド・ジャパンに資金供与する義務がないこと等を了解し、インターブランド・ジャパンの経営から手をひくことになった。このことはその交渉の場に同席していた原告も知るところであった。

原告に対する給与等の支給方法は、原告のインターブランド・ジャパンへの出向後も従前とかわらず、被告において社会保険等の控除をしたうえ給与を支給していたが、昭和六二年一月から二月にかけてのころ、原告は、同年四月以降の使用者をインターブランド・ジャパンとして社会保険の適用を受けることとし、そのために必要な手続きを社会保険事務所から直接聞いてきて、被告の経理担当者に手続きを依頼し、その結果、原告の給与については、昭和六二年三月からはインターブランド・ジャパンが直接支払うようになった。

原告は、昭和六二年三月三一日までの間に、被告に対し退職の意思を明示したことはないが、また、被告から明示したことはないが、また、被告から明示の解雇通知を受けたこともない。原告は、その後昭和六三年三月九日までインターブランド・ジャパンで仕事をしていた。

テレンス・オリバーは、昭和六二年三月三一日までに被告から復帰することを持ちかけられたことはなく、被告に対し退職の意思を明示したこともないが、同人は、昭和六二年三月三一日付けで被告との雇用関係が終了したことを了解しており、同日辞任したシー・テイト・ラトクリフ(被告の代表取締役でもある。)にかわってインターブランド・ジャパンの代表取締役に就任した。

原告は、昭和六二年五月末ころ被告に宛てた手紙で退職金の支払いを要望しているが、その金額としては経理担当者の計算した三〇〇万円少々を請求しているにすぎない。また、原告は、同年八月一八日付けの被告宛の手紙において、原告、オリバー、インターブランド・ジャパンの従業員の山根の被告からの「離籍日(退職日)」を昭和六二年三月三一日とするとの記載をしている。

2  以上の事実によれば、原告は被告に解雇されたものとは認められず、原告は、昭和六二年三月三一日をもって出向元の被告が出向先のインターブランド・ジャパンの経営から手をひくことを承知のうえ、被告からの復帰の誘いにも応じようとせず、社会保険の関係では使用主をインターブランド・ジャパンとする手続きを取り、右同日以降もインターブランド・ジャパンにおいて仕事をすることとして、右同日をもって被告を任意退職する意志を黙示的に表示したものというべきである。

3  したがって、原告の退職金額の算定については、被告の退職金規定における自己都合による退職の場合の支給基準率が適用され、次のとおり四五六万八〇〇〇円(一〇〇〇円未満切上げ)となる。

四・七+(五・四-四・七)×八÷一二=五・一六七

八八万四〇〇〇×五・一六七=四五六万八〇〇〇

4  (証拠略)被告の退職金は、退職日から原則として二週間以内に支給すると規定されていることが認められる。原告については、昭和六二年四月一四日までに支払うことになる。被告は、原告が「やむを得ない業務上の都合による雇用契約の解除」に該当するとして退職金を請求しているところから、より低額の「自己都合による退職」に該当するとして算定された退職金を提供しても原告がその受領を拒絶することは明らかであって、被告が退職金を支給していないことが債務不履行とはならないと主張するが、原告が右退職金の受領を拒絶することが明らかであったとは認められないから、被告の右主張は失当である。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、退職金四五六万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由がある。

(裁判官 長谷川誠)

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